Jリーグは、日本サッカーの水準を上げるためにサッカーの普及をめざしてスタートしました。Jリーグは、「スポーツで、もっと、幸せな国へ。」というスローガンを掲げています。Jリーグについて情報を集めます。
Jリーグは、ご存じのとおり日本プロサッカーリーグのことです。このJリーグが発足する以前は、日本のサッカー界はあまり栄えてはいませんでした。Jリーグの前身ともいえる日本リーグ(JST)があり、実業団の社会人チームを中心にリーグ戦が行われていました。その頃の観客動員は、平均で千人程度とまさに日本サッカー界の黎明期であったわけです。そんなとき、1980年代後半にFIFA会長のジョアン・アベランジェからアジア初のFIFAワールドカップ開催を打診されたことが引き金となり、日本サッカーはプロ化の道をたどるのです。1993年に、Jリーグが開幕しました。1993年5月15日のヴェルディ川崎×横浜マリノス戦のJリーグ開幕戦が華々しく始まると、その新鮮さも受けて一つの社会現象としてJリーグは見る見るうちにその人気を上げていきました。それまでの日本サッカーの静けさは嘘のように、どの試合も満員の観客で埋め尽くされ、テレビ中継も頻繁に行われました。
Jリーグの発足で日本では、にわかにサッカーブームとなりました。Jリーグの理念でもある「日本サッカーの水準向上及びサッカーの普及促進 」に向けて土壌が整い始めたのです。そうなるとJリーグの選手たち(Jリーガー)を中心に日本を代表するチームが、世界で活躍することを念願する声も盛り上がります。また、世界に立ち遅れていた日本サッカーですが、このころのJリーグバブルによって、世界の有名な名だたる監督やサッカー選手が日本でプレーすることにもつながりました。結果として、井の中の蛙であった日本サッカーの選手たちも国内でプレーしながらも世界の荒波にもまれて、実力もぐんぐんと向上していきました。そして、Jリーグブームに陰りが見え始めたころ日本サッカー史上初めてフランスW杯に日本代表が出場しました。これで、衰えはじめていたJリーグブームも下支えされて、さらなる飛躍を期すこととなりました。Jリーグは、日本代表を強くするために始まったようなものですが、その日本代表にJリーグは助けられたかのようです。
Jリーグの一時的なブームは去ったものの、日本代表の活躍などで観客動員数も一試合平均一万人強という低調ながら堅調な運営ぶりを見せていましたが、2002年日韓共催のW杯を機にサッカーに対する国民感情もヒートアップし、急激に好転しました。韓国と日本各地で開催されたFIFAワールドカップによって、必然的に最新鋭のスタジアムが整備されその地のJリーグにとっても人気の再燃とともに、大きな恩恵をもたらすこととなりました。このように、一時的なブームによるJリーグ人気とはまた違った地域に根差した人気が定着したということは、日本プロサッカーリーグ、すなわちJリーグにとって、FIFA ワールドカップの持つ意味は大きなものとなったわけです。Jリーグの人気が高どまりしたことで、傘下のJ2やJFLの人気、注目度も上がることとなり、結果として日本サッカー界の隆盛、日本代表の強化につながっていくことになるわけです。